世界は美しい花になる。

森山未來が虫に?なにそれやばいやばい絶対観なくちゃって勢いだけで。ブリーゼの小さな会場の2列目からつぶさに虫の動きを観察。なんだかすごいものを観たということだけはわかったのだけど、はりつめた空気から解放されたあともブラボーの喝さいの波の中ぼんやりと漂っていた。一緒に居たお友達とも語らうことはできず。どうだった?ときいてくれたお友達にもこたえることはできず。ゆるりゆるりと時間をかけて、思考停止状態からようやく脱皮。

なんとおぞましくて、美しい虫!

細かく不規則に動く様は不気味で、なのに美しい、みたい。信じられないけど美しくて。その顔からひとの表情は消え、指先だけが雄弁。かさかさと動く、のに異常に美しくて。目が空洞。真っ黒でどこも見えてないみたい。硬質で繊細でつめたそうな指先は触覚。さぐりさぐり進む。みーくんはザムザでした。グレゴール・ザムザは虫でした。汚らしくて儚くて。わたしは蜘蛛だと思ったのだけれど・・・?天井からぼとんとおちてきた虫に、わかっていたけどやっぱりどきどきとして、尋常じゃないことがたくさん起こりすぎて、すっかりと忘れた。ただひたすらに悲しさと嫌悪感と愛おしさで胸が苦しかった。いじましくて汚らしくて、冷たくて優雅で美しくて弱っててだんだんと人間じゃなくなってきて、でもときおり人間の意識でやっぱりひどく悲しげで、悲しい。気分がわるいんだーというにごった低音。きっとギイギイとしか家族の耳には届いていないんだって思ったら悲しい。虫としてハエ?を美味しそうに食べてしまう所作が美しいだけに、禍々しくて、ああもう虫なんだ・・・と悲しみに打ちひしがれたり、した。父にペットですと言われた時のぱたんと全身の力が抜けた音も、悲しい。下品な下宿人を追い出すため。不気味な生き物が小さく息をしながらひそっと突然現れるのは、こわい。やっぱりぎょっとする。その真っ黒な瞳は何も映していないのに、表情は抜け落ち、ただただ部屋の中で異質なものの気配とその者への怒りだけで突進する様は真摯でおそろしい。だって、もう弱っているのに。異質なものを追い出そうとしている悲しい存在がその部屋の中で一番の異質で異形で。純粋で透明で。アレを始末して!とグレタの限界のさけびにみるみると弱って、弱り切ってグレゴールが死んだ。いや、虫が死んだのだ。すべてが終わって、そうして家族が外へ出ると、いつのまにかグレタは美しく成長していた。そのことに気づくことさえできなかった。そして春が来る。穏やかな春が。「もうすぐクロッカスが咲く」ってぽつんとひとり残ったお母さんの言葉がずっとずーっと私の中に残ってた。虫は体をゆっくりと縮こませる。それはそれは美しい死後硬直。お花のつぼみみたい。クロッカス?身体を小さく小さく縮こませるくせに。不自由に見える身体でどんどんと自由になっていく。
久しぶりに拝見した久世さんも流石。*1彼女はきれいでやさしくてよわくて、それで、グレーゴールの母親なの。かなしかった。やりきれなかった。幕が降りた後、芝居のために実家にこどもを預けてきたおともだちが「わたしの息子はどうしてるかな?泣いてないかな?息子に逢いたいよ」って泣いていて。ずっとこの母親が不可解でわからなかったのに、可愛い彼女の涙をみたときにすとーんと気持ちがはいってきた。さいごまで、彼女は息子を愛してたんだ。

現実に戻って会場を出たとこで下宿人さんが白塗りのままうろうろしてて笑った。うふふ。

*1:わたしは涼風・天海2TOP時代の月組ファンなのです