婆沙羅でやれ、婆沙羅でゆけ

婆沙羅 (講談社文庫)

婆沙羅 (講談社文庫)

あっぱれ。数々の魔人の間をひらひらとしたたかに時に愚かに流れゆく道誉の最期の最期がまことに。圧巻のラストに唸る。これまで数々の魔人の間を縫ってきた。そのスリルを楽しんでもいた。うまいものを食べ女を抱き芸術を愛し快楽の限りを尽くし楽しく生きていくために乱世を望んでいた。いのちがけで婆沙羅として生きた。次世代の魔物を前に「あっぱれでござる!将軍家こそ、いやはや日本一の大婆沙羅、道誉、これにて…」と残して逝く姿こそ。それは。この世のものとは思われぬ美しき鬼。色に通じた道誉が唯一けっして性愛の対象とせず芸術美の結晶として大切にした鬼夜叉(後の世阿弥)が若く美しい少年将軍に天上より堕ろされその花を散らし目前で犯されたとき、道誉の生涯を貫き通した婆沙羅的生き方もまた蹂躙されたのだ。新しい魔帝の誕生を前に、彼の生きる世界はもうないのだとうすくれないに染まった鬼夜叉のなまめかしさがそう告げる。そうして、二匹の獅子の乱舞の中たったひとりの観客は百帖敷きのまんなかで、どうと横倒しに倒れその生涯を終える。こころがぶるぶると震えた。ばかみたいにくりかえして。どうと倒れる道誉を想像する。また唸る。
人間界の魔棺はあけられたまま。いまも?